煩悩05:モテたい!
男なら誰だってモテたいのである。
5つめの煩悩にして初めてド直球かつ最も煩悩らしい煩悩が溢れ出てきてしまった。
しかし「モテる」ということに関しては、男の永遠のテーマだと言っても差し支えないように思う。
それなのに、どういう状態がモテているということなのか、いまいちはっきり想像ができない。
僕らはいつだってぼんやりとモテたいと思ってきたということだ。
はたしていったい、モテるってなんだろう?
云十年と付き合ってきたこの願い、否、衝動について、今ようやくここでしっかりと向き合い、考えたいと思う。
もてるとは異性から人気があることやちやほやされることである。
と日本俗語辞書には書いてある。
人気がある、ちやほやされるという状態になったことがないし、学生の頃「モテる」と言われていた奴だって、いざふたを開けてみれば、明るい女子グループからは好かれていても、おとなしい女子グループからは煙たがられている、みたいなことが普通だったんじゃないだろうか。
「異性」というのは、ちょっと数が多すぎるんじゃないか。
だって男以外のほぼ全てだ。
異性全てからモテるなんていうのは、漫画やゲームの話だろう。
いわゆるハーレムものというやつ。
しかしハーレムものの主人公を想像すると、うらやましさも確かにあるにはあるのだが、それよりも先に「大変そう」という思ってしまう。
正直に言って、あんなことにはなりたくない。
たくさんいすぎるのは大変だ。
とはいえ、自分の中にモテたい気持ちは確固としてあるのだ。長い間ずっと温めてきた気持ちなのだから、間違いない。
とすると、この「モテたい」という気持ちは何なのだろう。
僕は別にたくさんの女性からちやほやされたり、僕をめぐって取り合いを起こしたりはしてほしくない。
しかし、モテたいということを自分の中で考えた時に、真っ先に「女性」ということが出てくるのを顧みるに、おそらく自分の中の「モテたい願望」は、女性が関連してくると見て間違いない。
では僕は女性とどうなりたいのか。
ということを丁寧に考えていくと、どうやら僕は自分が好きだと思う女の子と仲良くなりたい、という思いに行きついた。
なるほど、すごくシンプルだ。
自分が好む異性に好まれたい(しかもごくごく少ない労力で)ということのようだ。
それが自分の思う「モテたい」だ。
はっきりした。
「人生にはモテ期が3回くる」なんてことをよく言う。
そういう意味でのモテならば、確かに僕も1度だけ体験したことがあるかもしれない。
ということはあと2回あるのか…。
あれは僕が大学3年の夏休み。
ゼミに女の子がやってきたのである。
しかもその子は外国人。
教授の研究を見るために、海外の外国から来ていた子だった。
1か月ほど滞在するということで、滞在初日にゼミで紹介された。
ゼミのメンバーで話し合ったところ、教授のいない間の彼女のお世話を僕がすることになってしまった。
僕が一番TOEICの点数が高いから、とかそんな理由だったと思う。
高いといっても平均点くらいで、特別できたわけじゃないので最初はすごく嫌だった。
が、この海外からのお客様、すごく可愛いのだ。
それまであまり女性との関わりのない人生を送ってきた僕には、刺激が強すぎた。
なにせ、すごくいい匂いがする。
1週間ほどすると、彼女のフレンドリーな気質もあってか僕の拙い英語でもだいぶ仲良くなった。
彼女は教授に心酔していて、しきりに教授の研究を褒めていた。
僕らゼミ生は「単位が出やすい」という噂を聞いて集まっていただけなので、なぜかその海外のお客様から、身振り手振りを交えたうまく伝わらない英語で教授のすごさを聞く羽目になった。
もちろん「単位目的だよ」なんて言えるはずもなく、彼女の言うことにもっぱら「ヤー」と同意するばかりだった。
彼女は2週間ほど経ったころ、彼女は日本の文化に興味を持ち始めた。
ホテルで観たテレビの、祭りの映像を見て感銘を受けたらしい。
ちょうどその翌週に花火大会が予定されていたので、彼女を誘った。
今までそういうことに奥手だった僕が、すんなり彼女を誘えたのは、そのフレンドリーさに助けられていたのかもしれない。
それから彼女の要望で、日本語を教えることになった。
が、英語が流暢に話せない僕が日本語を教えるというのはすごく難しいことだった。
単語を教えるくらいはできるのだけど、文法なんてどうやって教えたらいいものか。
ただ、いつの間にやら完全に彼女に熱を入れていた僕はあと10日もすれば帰国してしまうというのに、日本語教師の講座案内なんかを見ていた。
こういう無料講座に行こうとして、何か技術を盗んで帰れれば、と思っていたんだけど、結局行かなかった。
もし行ってたら何か変わったんだろうか。
付け焼刃じゃ意味もなかったかな。
そうして僕は満足に文法のひとつも教えられないまま、花火大会の日が来た。
花火大会には屋台もたくさん出ている。わたあめやりんごあめ、ヨーヨーに射的、彼女にとっては新鮮なものばかりだっただろう。
目をキラキラ輝かせながら「あれは何?」と聞いてきた彼女は、とても可愛かった。
それから川沿いの堤防で彼女とゼミの仲間と花火を見た。
彼女はじっと花火を見て、言葉を失うとはこのことなんだろうなという感じだった。
僕はといえば、花火なんてものはもう何度も何度も見てきたものだから、もう特に感想もないのだけれど、女の子の隣で見るというのは初めての経験で、その横顔に言葉を失っていた。
そんな感じでぼーっとしていた僕を、花火にくぎ付けだった彼女の目が一瞬ちらりと見た。
そうして、そうするのがごく自然で当たり前のことみたく彼女は僕の手を握った。
僕はゼミの仲間たちに見られるのが嫌だと思ったけど、もうそれを茶化す年齢でもないこと、ゼミの中にも何人も彼女のいる奴がいるということを瞬時に計算して、しっかりと彼女の手を握り返した。
そこから何発花火が上がったのか全然覚えていないのだけれど、気付けば花火は終わっていて、手も離れていた。
夢だったのかと思って間抜けな面をしていたのだろう。彼女が僕の顔を見ていたずらっぽく笑った。
そこから彼女の帰国まではあっという間だったし、何もなかった。
連絡先を聞くこともできず、彼女に新しくどうでもいい単語をいくつか教えているうちに一週間が経ってしまったのだ。
本当に、あの花火の一夜は夢だったのではないかというくらいに。
そう思うと不思議な女の子だった。
今思えば清純真っ盛りみたいな僕で遊んでいただけかもしれないし、彼女が何を思っていたのかわからない。
ただ、あの夢みたいな時間にもう一度戻れるのならば。
僕はモテたいなぁと思う。